士塚は江戸末期に流行った富士山信仰(富士講)の一つとして、現地参拝に行けない多くの江戸町民の為に作られた山(塚)。何でも2〜300基は作られたということで、今でも大小100以上の富士塚が残されている。

富士塚の造成については特に決まりはないが、大体は
(1)実際の富士山が望める場所に作る
(2)富士山の溶岩で建築する
(3)登山道を設け、合目表示等を設置する
(4)山頂には浅間神社、木花咲耶姫などを奉る

というようなことになっているようだが、絶対条件ではないので、いろいろな形態として残っている。しかし、今、(1)富士山の望める場所  にある富士塚、は恐らくないと思われる。

富士塚は本来は疑似登山ができる形であったが、老朽化や安全責任問題等で現在は登山を禁止しているところが多い。また、長年の間に富士塚に草木が繁ってしまい本来の姿とはかけ離れた姿になってしまっている所も多い。富士山の世界文化遺産登録というのは富士山そのものではなく、民衆の中に息づく富士山文化を評価されたものであり、時間をかけてでも本来の姿、民衆との交流を再生してもらいたいものだ。

ここでは市区別(あいう順)に並べて紹介する。

足立区
柳原稲荷神社 
<千住柳原富士>

足立区柳原2-38-1

小さな神社だが、富士塚は高さはないものの、直線路でしっかりした階段登攀路がある。富士山の形には遠いが地元の富士信仰の強さが伝わる。


綾瀬稲荷神社
<綾瀬富士>

足立区綾瀬4-9-9  

富士塚は山門脇に、それなりの存在感をもって存在するが
左写真を見ても分かるように横から見ると背景には洗濯物が見えたりする。まあ、庶民的といえばそれまでではあるが・・・都会の環境の中での景観維持は難し い。山頂の社は新しく、旧来の社は朽ちて山洞内に納められているそうだ。登山は出来ない。

西宮稲荷神社
<五反野富士>

足立区足立3-28-16 

広い広場の境内の横奥に存在するが、かなり手前に柵があり接近すら出来ない。背景はかろうじてビルから外れているが、東武電車の架線がうるさい。側道に 回って横から眺めるとようやく少し風情を感じる。植物は生えていず、多くの富士講石碑が立つ様は立派。


氷川神社
<大川富士>

足立区千住大川町12-3

拝殿脇に高い木立に囲まれ作られている。そんなに大型ではないが、登山道・お中道が作られており登山可能。溶岩以外の岩も多く使われているので比較的頑丈 なのだろうか、やはり登山できる富士塚は嬉しい。
なお現地説明文には「千住川田浅間神社富士塚」とある


千住神社
<千住宮元富士>

足立区千住宮元町24-1

富士塚は木立に囲まれて全体像が見えないので、気付きにくい。結構ボリュームはあるようで、山頂の社(右写真)はちょっと離れないと見ることができない

荒川区
天王素盞雄神社(すさ のう)
<南千住富士>

荒川区南千住 6-60-1

富士塚自体は大型だが、周囲に多くの高い木が生えており、すっきりとした富士の形はうかがい知れない。立ち入る事、登山することは出来ないが、きれいに整 備はされており、参拝する場所も作られている。


石浜神社
<白髭富士>

荒川区南千住 3-28-58

神社自体が道路面から高い場所にあり、道路からは見上げるほど高い。周囲に植栽がないので孤高の富士としてあるが、頂上の巨石はなんだろう。見方によって は男根の様にも・・・。登山は出来ないが、参拝所はきれいに作られている。


江戸川区
安養寺
<安養寺の富士>

江戸川区平井6-53-1

寺経営の幼稚園の敷地内にあるので近寄れない。登山は出来る形に階段が作られているが、禁止されているようだ。小型の富士塚で、富士山の形をしているわけ でもないので、そういわれなければ富士塚とは分からないだろう。
真蔵院 
<雷富士>

江戸川区東葛西 4-38-11

2mくらいの高さの小さな富士塚だが独立形で丁寧に作られている。
周囲には富士請関連の記念石碑が並べられており、もしかしたら全体がここに移築されたのかも知れない。


天祖神社
<中割の富士>

江戸川区東葛西 7-17

拝殿の横にどっしりと作られているすっきりとした独立峰で直線登攀路だが登頂も出来る。これだけの高さがあり、登頂できるのは貴重。横の方には大沢崩れの 様な模様もつけられていて、いかにも富士塚らしさを残していると思う。真後ろ背景がギリギリ、ビルから逃れられている。将来もビルが立たないことを願う。


桑川神社  
<桑川の富士>

江戸川区東葛西 1-23-19

独立峰として構築されて、そこそこの高さはあるが植栽が全体を覆ってしまっているので富士の形とは見えない。登攀は禁止だが麓まで行って眺めることがで き、丁寧に保存されている。


日枝神社 
<船堀の富士>

江戸川区船堀 6-7-23

富士山の形とは異なるが結構な大きさを持つ。神社裏側の木立の影に構築されているが、山頂社の真後ろはビルになってしまっている。西側が公園でやや開けて いるのが救い。登山道があり閉鎖されていないので登頂可能なのは嬉しい。


香取神社 
<今井の富士>

江戸川区江戸川 3-44-8

大きな碑が幾つか立っているので山の姿が失われているが元々は円錐形。登山できる。ここも真後ろに民家が迫り、どの角度でも全くすっきりしない。後ろから 神社の社に向けて写すとようやく少し神聖なる気分も(右写真)。


豊田神社 
<下鎌田の富士>

江戸川区東瑞江 1-18-1

ここも背後は完全にアパートとマンションで、ベランダには洗濯物満載。ここまで環境が悪い富士塚はないだろうが、都市化の波で止むなし。その現代的日常風 景に溶け込めればよいのだが、やはり断絶してしまっている。登頂可能で少し広い平らな頂上を持つ(右写真)


天祖神社 
<上鎌田の富士>

江戸川区南篠崎町 2-54-15

富士山の形ではなく四角い石垣になっている。写真では背後は曇り空の様に見えるが、実際はビルの壁面。ただし、富士塚面には窓がないのでなんとなく誤魔化 しが聞いている。参道には丸い記念石が並び、塚の前まで参道が伸びる雰囲気はよい。


葛飾区
葛西神社
<葛西金町富士
葛飾区東金町6-10-5

大きな葛西神社の奥にひっそりと佇んでいる。写真では分からないが後ろにマンション?が立っていて背景はいま一つ思わしくない。全体形は富士山をつぶした ような台形型で登攀路があり登攀可能だが山頂には立てない。山頂に置かれている「富士大神」の石碑は立派。


富士神社
<飯塚富士>

葛飾区南水元 2-1-1  

目的の住所には神社らしきものはなく、一面の更地状態で再開発造成中でびっくり。神社も完全一新のようで、完成予想図によると大きな富士塚?も作られるら しい(ブルーシート部分)。どうせならば当初の富士塚のあるべき姿の一つだったように実際の富士山が望める富士塚にしてもらいたいものだ。

北区
田端八幡神社
<田端富士>

北区田端2-7

社殿に通じる曲がった女坂?の途中に、自然地形を利用し、若干の石積みを行った富士塚。社殿まで昇ると富士塚を見下ろす形になる。しかし、小さいながらも わざわざ鳥居と共に作ったということはそれだけ信仰があったのだろう。数段の階段を登れるが登頂はできない。


江東区
富賀岡八幡宮
<砂町富士>

江東区南砂7丁目14-18

元は土塚だったようだが、水害で破壊されたので昭和37年に場所を少し移し、且つ溶岩で再作したとのこと。かなり大型で富士の形としてしっかりしている。 現在、登山は禁止されている。


川区
品川神社 
<品川富士>

品川区北品川3-7-15

昔はここが海岸際だった。海岸段丘の上に更に大きく構築してある。結構大型の富士塚で登頂もでき、現在でも東側(海側)の眺めはよい。


渋谷区
鳩森八幡神社 
<千駄ヶ谷富士>

東京都渋谷区千駄ケ谷1-1-24

最大級の大きさの富士塚で登山路も整備されている。登山路脇のいろいろな奉り物をみながら登頂もできる。山頂から見下ろすと結構な高さもある。惜しむらく は全体がツツジ等の低灌木に覆われており、元の富士の姿が現れていないこと。


新宿区
月見岡八幡神社 
<上落合富士> 

新宿区上落合1-26-19

小振りながらも立派な拝殿の後ろに富士塚はあるのだが、灌木に覆われ姿をうかがうのは難しいし、近寄ることもできない。神社全体は住宅地の一角で閑静な環 境なので落ち着きはある。


成子天神社 
<成子富士>

新宿区西新宿8-14

富士塚で自然地形を利用していない積み上げ式のかなり大型の富士塚。低い植物は生えているが大型なので富士の姿がはっきり分かる。訪れた時は神社全体が再 建中で、富士塚も塀の外側からの撮影のみ可能であった。再建後はこの富士塚も植物を抜いて、きれいに整備されるとよいのだが。


花園神社 
<新宿富士>

新宿区新宿5-17

賑やかな花園神社の片隅に末社として高さ1m強くらいで作られている。ここのエリアは「芸能浅間神社」とされており、富士山というよりは芸能関係の神社と いうことで、 その方面の参拝が多いらしい。鳥居右奥には「圭子の夢は夜ひらく」の歌碑もある。いわれなければ富士塚とは分からないかも。


稲荷鬼王神社 
<西大久保富士> 

新宿区歌舞伎町2-17-5

社殿横の裏参道?の脇に富士塚がある。しかも参道の両側にある。元は大きな富士塚だったそうだが、区画整理等で敷地を整理したときに移築させざるを得ず、止むなくここに二つに分けて配置。その間を通ることで富士登山するという意味合いだそうだ。珍しいスタイルだが、こうして保存 されていてよかった。


西向天神社 
<東大久保富士>

新宿区新宿6-21

自然の崖の更に上に石積みして構築。全体としてかなり大型で、大木に囲まれているが、富士塚自体には生えていないので姿がはっきりわかる。塀で仕切られているので近づくことはできないが古来の姿を楽しむことができる。


水稲荷神社 
<富塚富士(高田富士)>

新宿区西早稲田3-5

一般には富士塚と言われているが、これは果たして富士塚なのであろうか?富士塚とは表示されていず、「富塚古墳」(早稲田の地から移築)となっている。古 墳を富士塚に転用する礼は他にもあるが、山頂には狐像が並び、富士塚ではなさそうな・・・。ただし、参道横には「浅間神社」はあり、それは早稲田にあった一番古い富士塚に付随していたものとのこと。歴史がややこしそう。

台東区
小野照崎神社 
<下谷坂本富士> 

台東区下谷 2-13-14

最大級と言ってもよいくらいの大型の独立峰。重要有形民俗文化財に指定されている4基の富士塚の一つ。仕切られているので中に入ることはできない。植物はそれほど多くないが全体に緑色の苔で覆われてしまっているので、本来の富士山の荒々しさからはちょっと外れてしまう。しかし、これだけの大きさの物を作るには溶岩の収集・運搬とか大変だっただろう。文化財指定も納得。


浅草富士浅間神社  (富士塚無し)   
台東区浅草5-3-2

富士塚があると思って訪れたが、富士塚はなかった。その代わりと言ってはなんだが、参道の正面にある富士小学校の入口に富士山のオブジェがあった。
千代田区
柳森稲荷神社 
<神田柳森富士> 

千代田区須田町2-25

神社は現在の道路面からは下がった神田川沿いにあり、その下りの参道の片隅に崖を利用し富士塚という形にしつらえてある。しかし、全く高さはないので富士 塚だと言われてもピンと来ない。独立の登山道もない。とはいえ、こんなに無理に作るとは富士塚が当時の必須アイテムだったことが伺い知れる。
中央区
鉄砲洲稲荷神社  
<鉄砲洲富士>

中央区湊 1-6-7

社殿の後ろに隠れる形で、独立峰となっており、植物もあまり生えていないので姿はしっかりとしている。しかし、背後にもビルがあるので、空に抜けた感じは 全くなくなっており、霊峰富士のイメージからは遠くなってしまっているのが残念。立ち入り、登山はできない。


豊島区
長崎浅間神社  
<豊島長崎富士>

豊島区高松 2-9-3

国の重要有形民俗文化財 。非常に大型の富士塚。周囲をフェンスで囲まれていて立ち入りも登山も出来ない。手前に児童公園があり、恐らく昔は子供達が公園で遊んだり、富士塚に登ったりしていたことだろう。富士塚自体に太い木が生えてしまっているのも何とかしたい所。本来の姿に。

氷川神社  
<池袋富士>

豊島区池袋本町3-14-1

大型の富士塚。境内の一角にドンと聳える。背景が空になっているのが良い。立ち入り、登山は出来ないが、山はしっかりしているのだ日にちを限って登山イベントをやっているのではないかと推測する。

練馬区
茅原浅間神社 
<江古田富士>

練馬区小竹町 1-59-2

山開きの日などを除き立ち入り・登山はできないが、かなりの大型の富士塚。全部が溶岩を積み重ねたのではないだろうが、土台の土盛りだけでも大変だったろう。植栽を伐採すれば元のりっぱな姿になるのだろうが・・・。

浅間神社 
<下練馬富士>

練馬区北町 2-41-2

改装工事中だったが登山できた。植栽もあまり繁っていないのが気持ちよいが周囲の民家は近い。山頂には高度37.7メートルの表示版と富士山の方向の表示盤(左)かあった。あいにくその方向にはアパートがあり富士山は望めない。増築時は山頂から望めたのだろう。

文京区
護国寺 
<音羽富士>

文京区大塚5-40

富士塚は普通は神社にあるが、ここはお寺のほんの片隅にある。塚ではなく自然の崖を利用し、そこに登山道と共に構築されている。従って姿は全く富士山の形 はしていないが、登頂はでき、山頂は広い。


白山神社 
<白山富士>

文京区白山5-31-26

神社の裏にかなりの敷地面積を持っている。全体を植物が覆っていて、自然の地形なのか構築物なのかよく分からない。鳥居も小さな社も見えるが、現在は富士 塚というよりは紫陽花園として、その開花時期のみ入山できるようだ。


富士神社 
<駒込富士>

文京区本駒込5-7-20

自然の丘(古墳の跡という説も)の頂きに富士神社を構築し、正面参道やその横の坂を富士登山路に見立てている。富士山の形は全くないが、並ぶ富士講の石碑 に富士信仰の強さを感じさせる。


身禄行者の墓 
<海蔵寺>

文京区向丘2-25-10

お寺の墓地の一角に鳥居と富士塚のようなものが構築されているが、これは富士塚ではない。富士信仰の中興の祖と言われる身禄行者の墓であり、富士塚のような富士山の溶岩で作れている。


千葉県浦安市
豊受神社
浦安市猫実三丁目13番1号

背景の建物は気になるが、独立峰として大空の下に作られている。登山路もあり、その周囲には仙人像や号目表示など多くの物が配置されている。以前は登山で きたが、今は禁止されてしまっているのは、富士塚前に小さな拝殿が作られ、見通しが悪くなってしまったのと共に残念。


清瀧神社
浦安市堀江四丁目1番5号

回りを高い木立に囲まれているが富士塚自体には植物はなく見事な三角錐の独立峰として保存されている。姿の良さでは随一と言ってもよい。後ろ側には大沢崩 れのような形も再現されている。ここも以前は登頂できたが今は柵が作られ禁止されている。


稲荷神社
浦安市当代島三丁目11番1号

木立に囲まれているというよりは木立の中に潜んでいるという感じ。高さはないが独立峰としてあり、短いながら登頂もできるのは嬉しい。